無職、家電を買う
経費精算口座っていうものの存在を思い出したからだ。無職だが無策ではない。
出張費とかが後払いで振り込まれるやつ。
たくさん出張してたから、手当とかが冷蔵庫と電子レンジを買い換えられるくらいには残ってた。
このまえ冷凍庫半開きの大ポカをやらかしたので、冷凍室が大きくて、かつ開けっ放しだと音が鳴るものに変えたかったのだ。
家電は突然壊れるという。もう10年以上使っているから、変えてもいいだろう。後ろめたさがあるけど、とても感謝してる。
さて、久々に筆を執る。
この1か月何をしていたかというと、長文が書けないくらいには弱っていた。
何かもー頭が働かない。不眠症のせいなのかうつ症状のせいなのかはわからない。
かといって、アニメにはハマっていた。ファンアートを1枚描くと、運動したかのように汗ぐっしょりになったし、運動並みの疲労感があった。どんなだよ。
いままでにない読めない界隈で、千人単位に♡をいただくこともあれば、1人の時もある。こんな極端な界隈初めてだ。
まあそれはいいとして。
今日はカウンセリングで爆泣きしたからそれをメモしておこうと思ったんだ。
袋帯を習い始めた話をした。単発だからプレッシャーも少ない。先生も柔軟。成功体験になっている。そこからまた和服が楽しくなって、家の中で着る日も増えたと話した。
今の私には、「毎週通う」ようなことは難しい。それだけでとんでもなくプレッシャーというか、気がめいってしまう。今の私というか、前からそうかもとも思う。
以前途中で辞めた教室もあった。多分返金してもらえると思うけど、それにかける労力には4万の価値があるから連絡はしていない。その教室もみな悪い人ではなかったが、人付き合いが非常にウエットで、かつ毎週行かねばならず、また教室の空調も悪く今までにない感じに体調を崩したりして、ちょうど(?)精神科に通い出したあたりで体調を理由に辞めた(長期休みということになっている)。
私は、非常に熱しやすく冷めやすい。
そして、したいことにしか集中力を発揮できない。
つまり、長期で計画立てて何かをするのに全然向いてない。
普段会社勤めをする中では、非常に無理をしていたと思う。興味のないものを何年も、ここ数年は劣悪な魑魅魍魎の中でこなしていたのだ。人の形を保つだけでも大仕事だ。私にはね。自然な状態でいていいのなら、菓子でも食いながら寝転がってネサフでもするよ。だけど、働いて賃金をもらうには人として仕事をせねばならない。
今実家の仕事をたまに受けているが、私の得意分野且つ対価ももらっているのに、マジで嫌だもんな。1ミリも気が向かない。正直やりたくない。
まあそんな性質だし、何かにハマるのも飽きるのもいつも突然だ。
雷に打たれたようにハマるので、自分でも明日や一週間後、一か月の自分が何に夢中か全く予想がつかないのだ。
だから、まだ新人だったころ、会社の研修で「将来を想像して書いてください」という研修が白紙だった。みんな何か書いている。何歳で結婚して、家を買って、子供が生まれて、昇進して、老後はこうするのだと。自分でも驚いたが、何も出てこない。本当に紙と向き合って固まることってあるんだと思った。
この時、適当にうそを描いて乗り切ることもできただろう普通なら。わざわざ研修に波風を立て、講師を困らせるのも別に本意ではない。何ならほかの研修では優等生で、なんかしらんけど「優等生すぎて人間らしくなくてキモイ」とか苦手な同期に言われたりしては?と思っていた。優等生が素の人間もおるやろがい。てかお前の母校の東大のほうが優等生だらけじゃないんかい。みんながみんな三田さんではないらしい東大も。私は今もそいつ嫌い。初対面でわざと失礼ぶって、人をふるいにかけるところが嫌い。効率いいのかもしれないけど、何様だよと思う。嫌われる勇気と上から目線の横柄を勘違いしてない?
話を戻すけど、「何歳で結婚して家買って子供産んで昇進して老後」。それを書くことはファンタジーのようにも思えた。なんなら今やっと会社に入りたてだ。明日のことだって、来年のことすらわからない。たいそうな目標もない。悩みと言えば、9時から18時まで働くから、学生時代にやっていた「17時までに夕飯を食べ終わる」が出来なくて毎日太ることへの焦燥感がやばかった。だからとにかく休日は走ったし、会社の行き帰りもなんなら電車を使わなくなった(けど上司に叱られてやめた)。今を生きるのに、今日人の形を保つのに、私は日々必死だった。必死を積み重ねるだけ。なんなら自殺未遂だってしていたから、死という選択肢が割と簡単に頭にある。「Aたたかう Bにげる Cどうぐ Dしぬ」くらいの気軽さだ。自殺未遂は薬物と同じだと思う。一生消えないのだ。一度覚悟を決めてしまうと。なるべく目をそらしていくしかない。気軽に死なないことに精いっぱいだ。それが何が老後だよ。知るわけないだろ。
そもそも、結婚だって出産だって。一生愛せるかわかんないよ、こんなに飽き性なのに。その当時は、恋愛だって最長半年しか続いたことがなかった。家だって、引っ越したくなるかもしれないし。そんな覚悟のいることを、みんなよくぽんぽん書けるな。すごい真剣に人生考えてるのかな。すごすぎ。私がやっぱ変なのかな…
何一つ覚悟してないし、それらの何一つ私に向くとは思えない。どれもこれも、長期で愛が必要なものだらけ。何なら妊娠で心が折れる自信すらある。自分の中に生命体があることがつらくて。それなのに、それを書けって。無責任にもほどがあるだろ。
私にとってそれを書くのは、「トラックにぶつかって異世界に転生してチートスキルでスローライフを送りたいです」くらいのファンタジーだ。みんなぽかんとするでしょ。何ならまだこれのほうが可能性があるとすら思う。
だけど、この研修のあと、私のあまりの白紙っぷりを心配した同期に連れ出され、自分の半生を語らされた。カウンセラーみたいなことをしてくれようとしたらしい。
将来が描けないことはそんなに異常だろうか。
今日に精いっぱいじゃダメだろうか。
みんなが当たり前にできる、人の形を保って生きるのを、一生懸命やらないとできない人もいるんだよ。それだけで精いっぱいだ。
貯金は前回うつになった時に「生きるのに金が要りすぎ」と思い始めてやりだしたので、今はそれを切り崩して生きている。売った魂を取り戻してる気分だ。私にできる将来の備えなんてそのくらい。毎月ちょっとずつ貯金口座に自動で入るようにするくらい。
こんなことを思い出しては泣きたくなる。
カウンセラーの先生は、変なことではないという。むしろマインドフルネス的だと。
今を生きるってこと?なんか違う気もするけど。